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「~でなければいけない」って、誰が決めたの?

  • 心の健康に関するコラム
  • 2011.11.08

「できる・できない」「うまい・下手」「いい・悪い」…無意識に、自分で自分を評価していることに気付くことってありますか?

 

「みんなできているけど、私だけできていない。」(私はできない・悪い)

「本当はこうすればいいって分かっているのに、できないんだよなぁ。」(私はできない・悪い)

「今日の料理はおいしくできた!」(私はうまい・いい)

など、日常のささいな一挙手一同足についても自分で自分を裁いて暮らしているのではないでしょうか。

 

その評価基準は、何なのでしょうか?誰が「こうしなきゃいけない・うまくなければいけない」って決めたのでしょうか?

周りの人にどう思われるとか、人にどう評価されるとか、周囲を判断基準にしているようでいて、それを選択しているのは自分です。

日常些細な行動で、実際に自分ができなかったことで非難する人はそういないでしょう。

 

自分で自分の首を絞めていませんか?自分で仮想の相手像を作って、それにしばられていませんか?

そう、自分の心の中に基準があるのですから、自分を中心にして考えてもいいのではないですか。

 

「みんなができていて、私ができていない」こと、それは事実かもしれませんが、だからイコール悪いとは一概には言えません。それをどうとらえるか。

「本当はこうすればいい」って、誰が決めたのか、自分はそうしない方が心地よいと自信を持って言えるなら、しなくてもいいという選択を、決意を持ってする。

 

私たちは幼いころから親や教師など周りの大人に評価されて育ちました。

それが「できないといけない」「こうしなければいけない」「皆と一緒が安心」という今の自分で自分を評価する習慣につながっています。

 

もしも自分がそれによって苦しい思いをしているのなら、改めて自分を裁く心の声に耳を澄ませて「これって正当かな?必要かな?」と見直してみてはいかがでしょうか。

 

私が上級心理カウンセラーの資格を活かして、ブログの「心とからだ知識」というカテゴリーに、このような心について・体のしくみやつながりについて書いてありますので、ご興味のある方はさかのぼってご覧くださいませ。

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